コロナ禍でタイ国政府観光庁が取り組むあらたな観光施策とは? タイ国政府観光庁(TAT)鹿野健太郎氏

鹿野健太郎
1973年 東京生まれ
大学と大学院にて東南アジア学(タイ専攻)を学び、2005年からタイ国政府観光庁バンコク本庁に勤務 現在東アジア局・日本マーケットアドバイザー。
タイ政府の観光政策の下、日本からの旅行客の誘致のためのマーケット分析、PRツールの作成、公式発表や交渉時の通訳・翻訳などを担当。

簡単な経歴と具体的なお仕事内容についてお聞かせください。

タイ国政府観光庁(TAT)に勤務し始めて、今年で16年目となります。

周知のとおり、タイ国の経済は観光業に大きく依存しています。TATは、観光業の促進によって社会・経済の成長と発展を目指す機関であり、私は日本市場アドバイザーとして特に日本からの観光客誘致に関する職務を担当しています。通常は、日タイ間の政府代表の交渉のための調整や通訳、公式発表の翻訳、その他マーケティング分析やPR活動などに従事しています。これらの業務で大切なことは、単に観光客の数を増やすことではなく、観光地としてのタイのイメージの向上や、観光収入の拡大により焦点が置かれています。ターゲットとなるお客様は大きく二つに分けられます。まず一つ目のグループは既に何度かタイを訪れたことのあるいわゆるリピーターのお客様です。このグループには常にタイの新しい観光スポットやアクティビティの多様性を紹介しています。そして、もう一つのグループは今までにタイに来たことがない、またはタイに特に関心を寄せたことがなかった人たちです。このグループに対しては例えば「タイには日本では経験できない魅力がある」、「安心して旅行できる」などの情報がきちんと伝われば、一度だけの旅行ではなく、将来的に何度もリピートしていただけるようになることも期待できます。

なぜTATのアドバイザーとしてお仕事をされようと思ったのか、きっかけについて教えてください。

 タイ赴任前は、大学院でタイの研究をしながら、TAT東京事務所のお仕事をお手伝いしていました。その間2004年12月に起きたスマトラ島沖地震により、プーケットをはじめとするアンダマン海側の観光地に甚大な被害があり、タイ観光の本格的な復興が急がれる状況となったのです。これをきっかけにTATよりバンコク本庁で仕事をしないかとお誘いを受け、2005年からバンコクで勤務することになりました。学生時代からタイ語を学んでおり、将来日本とタイの交流に関わる職に就きたいと考えていましたので、このTATからのお誘いを断る理由はありませんでした。

タイの魅力を日本へ伝えるポジションでお仕事をされているかと思いますが、鹿野様がこれまでにお仕事をされてきた中で印象に残る業務などありましたら具体的に教えてください。

これまで経験してきた仕事は、どれも印象に残っています。タイでの津波被害に始まり、SARSなどの伝染病、中部地方の洪水、そして政情不安など何度も危機的な状況を迎えては、安心して旅行できる観光地としてのタイのイメージの回復に全力で努めてきました。

 数ある業務の中でも、もっとも長い時間をかけ深く印象に残っているのは、仙台市を中心とした東北地方の皆様との協力関係です。ちょうど私がTATに入所したての頃から仙台市や東北地方の各地方自治体の皆様から仙台とバンコクを結ぶ定期直行便を就航させ、双方の人々の往来を活性化しようというお声がけをいただいていました。それ以来、東日本大震災やタイ国内の政情不安など本当に深刻な危機に遭遇してきました。しかし、その度にお互いへの信頼と応援の気持ちをもって、これらを乗り越えてきたのです。現在コロナ禍で残念ながら多くの定期直行便は運休されたままですが、今後も復興に向けて必ず力を合わせてゆくことができると信じています。

 さて、前述の東日本大震災の件では、こちらのタイの人々の行動についてもとても印象に残っていることがあります。津波のニュースにショックを受けて間もないある朝、TATのオフィスへ到着したところ、有志のタイ人スタッフたちが大勢で日の丸のハチマキや「頑張れ日本」と書かれたプラカードを持って募金活動をしてくださっていたのです。長くタイに暮らしていますが、タイの人々が日本のためにここまで温かい気持ちを抱いて下さっていると知り、大変感動しました。私は「タイ」という一つの国を日本の皆様に向けておすすめする立場ですが、特にこの国の人々の素晴らしさには絶対の自信があります。

タイで政情不安があった時、どうやって日本人を安心させますか?コミュニケーションの方法を教えてください。

自然災害や伝染病、そして政情不安などの問題は、世界のあらゆる場所で起こり得るものです。しかし、在留邦人や観光客も特に多いタイは日本のメディアで大きく取り扱われる傾向にあります。また、特に映像を伴うニュースは、例えばバンコクのある一部のエリアで発生した事であっても、タイ全体が危険という印象すら助長してしまいます。TATでは状況が改善すると同時に報道各社や旅行会社の皆様を現地にお招きして、ご自身の目で安心して旅行できることを確信していただき、これを日本社会に伝えていただいてきました。また、近年では、こうした広報のチャンネルも多様化しています。テレビや新聞のみならず、オンラインメディアやユーチューバーやブロガーなどのいわゆるインフルエンサーからの情報もより注目されています。

さて、7月1日からワクチン接種済みの外国人旅行者を受け入れる「サンドボックス」がスタートしたというニュースを拝見しましたが、なぜプーケットを開放するようにしたのでしょうか?もしご存知でしたら理由等をお聞かせください。また「サンドボックス」とい名前についてその由来や意味なども教えてください。

プーケットが選ばれたのには、いくつかの理由があります。まず、プーケットの地域経済が外国人観光客からの収入に大きく依存しているという点です。次に、首都のバンコクなどと比較して、プーケット県内の新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いている点、そしてプーケット県には独自の国際空港があり、県土全体が島になっていることで、観光客の移動範囲を管理しやすいという利点があった事も大きな理由でしょう。

 「サンドボックス」は子供の遊び場である「砂場」を意味しますが、プーケットのビーチの砂に掛けて、このエリア内で自由に安全に楽しんでいただこうという意味が込められているものと理解しています。

尚、この計画は直行便が原則とされているようですが、日本人も対象に含まれるのでしょうか?

隔離無しで外国人を受け入れる「プーケット・サンドボックス」の対象となるためには、いくつかの条件があります。まず、旅行者は基本的に新型コロナウイルスワクチン接種を完了している必要があります。次に、観光客はタイ入国前にタイ保健省の定める感染リスク低・中程度の国や地域に21日間以上連続して滞在している必要があります。日本は2021年7月1日に高リスクから中リスク国に入ることができましたので、今後この状態を21日間以上維持すれば、日本からのお客様も対象となります。また、プーケットの場合には国際便で直接プーケットに到着する航空便のみが対象となっています。よって、スワンナプーム空港などでの乗り継ぎはできません。現在、日本からプーケットへの定期直行便は就航しておりませんので、日本が対象国となれば例えばシンガポール航空の経由便を利用する、もしくはチャーター便を利用したツアーの催行も可能性があります。

現在、タイでは飲食店などでのアルコール販売の禁止や、ナイトライフ施設やバーが閉鎖されているかと思いますが、そのあたりの島内での規制などありましたら教えてください。

 「プーケット・サンドボックス」は試験的に外国人観光客を受け入れる観光促進に向けた取り組みです。よって、たとえ現地で新型コロナウイルスの感染状況が安定していたとしても、タイ政府の定める防疫対策は引き続き実施されます。現在プーケットでは飲食店でのアルコール飲料の販売などは禁止されていませんが、夜11時までの時短営業などの対策は続いています。

 さて、現在タイでは旅行業界を中心にSafety and Health Administration(SHA)という安全衛生基準を設けています。これは保健省との協力の下、TATが進めるプロジェクトで、既に1万を超える業者が参加しています。また、プーケットを始め、今後外国人の受け入れ再開を予定しているエリアを中心に現在この基準をさらに強化した「SHAプラス」を始動させています。これは従業員の70%以上がワクチン接種を完了した業者に付与される認証で、現在約800社が既に取得を済ませています。観光客はタイ入国前にSHAプラスを取得したホテルを予約し、タイ国内でプーケット以外の地域に移動したい場合には、プーケット県にて14泊以上滞在することなどが条件となっています。渡航や滞在についての規定については、タイ王国大使館や総領事館やタイ国政府観光庁からの情報、もしくはウェブサイト「エントリー・タイランド」(https://entrythailand.go.th)などで確認してください。

 「プーケット・サンドボックス」を今後の観光客受け入れ再開のモデルケースとできるよう、引き続き観光客とプーケット県の住民の皆様の安全確保に細心の注意を払ってゆくことに尽力してゆきます。

成功したら、プーケットをモデルとして他の県で始動するということでしょうか?

プーケットに続き、7月半ばからはスラータニー県のサムイ島、パガン島、タオ島も再開します。その後は8月から10月頃までを目途に、クラビ、パンガー、チェンマイ、チョンブリ(パタヤ)、バンコク、ブリラム、ホアヒン、チャアムなどで、受け入れ態勢の整った地域から順次再開を目指しています。現在、これらの地域での住民へのワクチン接種を進めると同時に、陸路での移動が容易な他のエリアについて、観光客の移動範囲をどのように管理できるかなどの検討が慎重に進められています。

今まで乗り越えてきた危機の中で、コロナが一番大変でしょうか?

仰る通りです。私がTATに入所してから、これだけ多くの航空路線がストップし、観光業界に閉業の嵐が吹いた経験は有りません。しかし、タイの観光は必ず復興を果たすと信じています。そして、アフター・コロナのタイの観光はただ起き上がるだけではなく、今までの反省点を見直しさらに力強いものへと変えてゆかなくてはなりません。とくに今回のコロナ禍は、私たちがいわゆるマス・ツーリズム、オーバー・ツーリズムといった過去の問題に正面から向き合い、自然環境や地域の生活文化の保全を実現しながら持続可能な観光促進に努めてゆくための大きな転換期となりました。これからの観光の「新常態(New Normal)」は、前述の持続可能性の他にも、観光客の安全にも配慮したより高付加価値なものへとシフトしてゆくものと考えています。

日本人観光受け入れ再開に向けて、着々と準備されている中かと思いますが、具体的に何か取り組まれていることがありましたら、教えてください。コロナ禍にあって、どのように日本人にタイをリマインドしますか?

現在、日本からの観光客を制限なくお迎えすることができない状態ですが、TATでは旅行ができるようになった時に皆様にまずタイに行きたいと思い浮かべていただけるようなPR活動(Top of Mind)に注力しています。今年は、オンライン媒体を今まで以上に駆使して、最新のタイ観光情報をお伝えしています。そのチャンネルの多様化しており、ユーチューブやインスタグラム、ツイッターなど比較的若い世代を対象としたものから、もう少し年齢層の高いフェイスブックなどで毎週新しい情報を発信しています。また、日本国内でも大きなイベントの開催などは難しい状況ですので、オンラインイベントなども開催しています。その他にも日本国内のタイ料理店とコラボしてタイを紹介する小規模なイベントなども継続的に開催しています。やはり、どれだけ旅行が不自由な中にあっても、こうしたPR活動を継続してゆくことが何より大切です。TATには東京、大阪、福岡の3都市に事務所があり、これらを拠点に日本全国に向けて観光客受け入れ再開への準備を進めています。

 また、観光客の往来には航空便の再開が欠かせません。そしてこれは双方向の往来が活発になってこそ実現するものです。よって、TATではタイ人による日本観光を促進する日本国政府観光局(JNTO)様とも協力し、日タイ間の双方向観光(Two-way Tourism)を促進しています。

最後にタイ在住の長い鹿野様に、ポストコロナで日本の方に是非お勧めしたいタイのスポットや風景などありましたら教えてください。また、なぜその場所や景色をお勧めしたいのかも教えてください。

個人的にはタイ南部のビーチをお勧めしたいですね。日本人の根強い人気を誇るビーチリゾートには、ハワイやバリ島があります。これらは直行便で行けるという手軽さに加え、美しい自然や独特の文化が大変魅力的です。しかし、タイ南部のビーチも海の美しさではこれらに負けることは決してありません。特にコロナ禍で1年以上観光客が入らなかったことで、想像をはるかに超える美しさを取り戻しています。さらに、タイ南部には多くの皆様が知っているバンコクやチェンマイなどとは全く異なる、独特の文化があります。お料理も今まで知らなかったタイ料理の新境地を体験できることでしょう。今後は、ビーチアクティビティやリゾートのみならず、魅力的なタイ南部の生活文化についても併せて日本の皆様により知っていただけるように努めてゆきたいと考えます。

 もちろんバンコクもお勧めしたい場所ですよ。タイは若い人々の割合が日本よりも高く、特に首都のバンコクは元気のみなぎる国際都市です。これだけのスピードでどんどん新しいものが生まれる都市は日本にはありません。人生の活力が枯渇しそうになってしまっているという方、そして若者の皆さんにも、ぜひこのバンコクのワクワク感を体験していただければ嬉しいです。

インタビュー:タイ国政府観光庁 鹿野健太郎氏(TAT
別記事:「タイは日本と似ている」